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Route-8 宗谷岬以降③

HOME > Route-8 宗谷岬以降> 1981年8月24日

石川さんに教わった、自転車を徳島まで送り返すための奥義?

1981年8月24日(月)
-晴れ-

台風一過。きのうの天気がまるで嘘のように晴れ上がっている。
この天気が2日ずれていれば、宗谷岬から樺太が見えていたかもしれない。いつものことだが僕は間が悪い。

ここ旭川ワシン○ンホテルの一階のレストランで朝食を済ませ、とりあえず荷物も部屋に置いたまま、チェックアウトはまたあとでゆっくりするとして、列車の時刻確認のため旭川駅まで歩いて行ってみた。石川さんたちはもう出発したらしく、昨夜の自転車置き場にはすでに姿はなかった。

きょうは、札幌ハウスユースホステルに宿泊予約をしてあるので、なんとしても札幌まではたどり着きたいと思っているのだが、水害の影響がまだ残っていて、列車は今のところ岩見沢までしか運行していないようだ。岩見沢行きの列車の発車時刻は、午前10時26分。とりあえず岩見沢まで移動して、そのあとはどうなるかわからない。

自転車も、もう徳島に帰り着くまで使う予定がない。いつまでも持って歩いていてもしょうがないので、徳島まで送り返したいのだが、知らない土地で、どこに運送屋があるのかもわからないし、どのぐらいの料金がかかるかもわからない(当時は今ほど宅配便がメジャーにはなっていなかった)。そこで、おととい南稚内ユースに泊まっているときに、石川さんが面白いアイデアを提供してくれた。そのアイデアというのは、

  1. まず土産品店に行く。「地方発送します」と書いてある看板を見て入る。特に、全国どこでも千円均一ってお店がオススメ。
  2. そこで、ひとつお土産を買う。
  3. 「このお土産、徳島まで送ってくれますか?」と訊ねてみる。
  4. 「いいですよ」と言ってくれたら、「じゃあ、ついでにこれも送ってくれませんか?」と言って、自転車を出す。

…なんという大胆な発想!!
しかし、かなり手っ取り早いし、ひょっとするとうまくいきそうだ(笑)。

旭川駅前の通りには、たくさんの土産品店が並んでいる。その中の一軒に目星をつけ、例の作戦を実行に移すことにした。まず、上記「1」から…。
中に入る。本来、僕はお土産というものは昔から買わない主義であったが、今回はさすがに大勢の人に迷惑をかけての旅行だったので、買わないわけにはいくまい。
「2」の実行。バターせんべいやクッキーなど合計8千円分ほど買いあさり、店員の女の子に計算してもらった。
そして、計画通り「3」の実行。
豆壱郎:「あの~。これ、発送してもらえます?」
店員の女の子:「ええ、いいですよ」
よしよし。ここまでは順調だ。そして、ドキドキの「4」の実行。
豆壱郎:「あの…それでですね、これ送るときに、ついでに一緒に送って欲しいものがあるんですけど…」
店員の女の子:「どんなものですか?」
豆壱郎:「い、いや…じつは、ちょっと大きいんですが…。このくらいあるんですが…」
と言って僕は、輪行袋の大きさを、手を大きく広げて見せた。
店員の女の子:「え゛え゛っ…?? 」
と、彼女はうしろに一歩下がった。そして、
店員の女の子:「ちょ、ちょっと待って下さい」
と言って、奥からこの店のご主人(どうやら彼女のお父様らしい)を呼んできた。
ご主人:「いらっしゃいませ。いったい何を送るんでしょう?」
豆壱郎:「じつは自転車なんですけど…。分解して袋に詰めてますから、このくらいの大きさになります」
と、あらためてもう一度手を広げた。
ご主人:「とりあえず、現物を持ってきてくれませんか?モノを見ないと送れるかどうか…」
豆壱郎:「わかりました。ちょっと待ってて下さい」
自転車は、まだホテルのクロークに預けたままなので、帰ってとってくることにした。

ホテルに帰り、荷物をまとめ、チェックアウトを済ませた後、重い輪行袋を担いで店まで歩いた。

豆壱郎:「これなんですが」
輪行袋を見せると、女の子はあらためて驚きの声を上げた。
豆壱郎:「どうでしょう。送ってもらえますかね?」
ご主人:「う~ん…。これ送っても壊れないかねえ。なんか、木の枠かなんかで組んじゃうとか、箱に入れるとかさ」
豆壱郎:「でも、もうそんな時間無いんですよ。10時26分の列車に乗らなくちゃならないから」
ご主人:「まあ、送るのは送りますがね、安全に送れるかどうかは保証しかねますよ」
豆壱郎:「ま、しょうがないですね。この際少々壊れてもいいです。送ってさえもらえれば…」
ご主人:「いや、そんなふうに言われると心苦しいなあ」
…とまあ、こんな具合で一応話はついた。…が、
ご主人:「重さは何kgですか?」
豆壱郎:「えーと、約12kgです」
本当は14kgぐらいあるが、少しでも料金が安くなるかと思い、サバを読む(でも無駄な努力だよな)。
ご主人:「あー、でもこれ、自転車とお土産で、荷物が二個口になるから料金が割高になりますよ」
豆壱郎:「あそうか…。でも、輪行袋の中にお土産を入れるわけにもいかないし…。う~ん…。じゃあ、このお土産は持って帰ります。自転車だけ送って下さい」
というわけで、本来メインとして送ってもらうはずのお土産は、袋に入れて手で持ち帰り、ついでのはずの自転車を単独で送ってもらうという、ちょっとおかしな結果になってしまったが、過程はどうあれ、なんとかうまくいった。

旭川駅へ行ったら、岩見沢行きはすでに改札が始まっていた。列車の中は意外にすいていて、あっさりと座席に座ることが出来た。向かいに座っていた50歳くらいのメガネをかけたおじさんが、ビールを勧めてくれたが、丁重にお断りする。午前10時26分、鈍行列車は定刻どおり発車した。

北海道帰り道

この列車とは2時間弱の短いつきあいだった。午後12時20分、岩見沢に到着。もちろんここから先はまだ不通なので、乗客全員ここで下車を余儀なくされた。
さあこれからどうすればいいのか。と、悩むひまもなく、人の波に押し流されていくと、駅員が、札幌行きのバスが出ている中央バスターミナルまでの道順を、まるでテープレコーダーのように繰り返し繰り返ししゃべり続けていた。バスターミナルへと急ぐ人の群れに、僕も混ざり込んだ。
しばらく歩くとターミナルはあった。乗客は、次々に自動販売機でキップを買っているので、僕もその列に並んだ。キップを購入したらすぐ、バスに飛び乗る。もうすでに座席はいっぱい。通路の中央付近で立ってつり革につかまった。
ほどなくバスは満タン状態になって、ゆっくりと走り出した。僕のとなりで、顔中ヒゲだらけの山男が、アタックザックを下ろして、ザックのベルトを締め直していた。ニッカーホースに登山靴。まさに「山屋」さんである。

窮屈なバスの窓から外を見ると、予想以上に悲惨な風景が僕の目に飛び込んできた。台風のツメ跡は意外にひどく、田畑や道はほとんど区別なく水に浸かり、家などまるで太平洋に浮かぶ小島のようだ。
「こりゃひどい…」
とうなる乗客。国道は少し高い位置にあるので、バスが浸かってしまうという心配はないが、この台風が2、3日早ければ、僕はこの水の中を走っていたかもしれない。…いや、水没して人生終わっていたかもしれない。

午後1時30分。札幌バスターミナル到着。バスを降りたとき、僕は山男に話しかけた。
豆壱郎:「山登りですか?」
山男:「いや、山というよりもほとんど礼文島、利尻島に滞在してたから…」
豆壱郎:「ああ、日本最北端の島ですね」
山男:「そうです。いいところですよ。ひと月近くいました。台風が来たんで、慌てて島を出た。オレの乗った船が最後の便で、そのあとの便はすべて欠航になったらしい」
豆壱郎:「へえ、じゃあひと足遅かったら礼文島にカンヅメだったね。ところで、大学生?」
山男:「ウン。いま4年」
豆壱郎:「え?じゃ僕と同い年だ」
山男:「あ、ほんと?」
なんとなく気が合ってしまい、このあと彼とは半日の間いっしょに行動することになる。

(まだまだ続く8月24日…)

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