自転車日本縦断 広い日本そんなにゆっくりどこへ行く。

Route-5 中部・関東⑤

HOME > Route-5 中部・関東> 1981年8月14日

旅を続けることが、正直つらい。精神面の化膿は広がる一方。

1981年8月14日(金)
-くもり時々雨-

午前7時30分起床。きのう、フロントで今朝の朝食分の食券を買っておいたので、それを持って、1階のレストランへ行く。洋食と和食のどちらかを選択できるので、和食にした。

きょうは、福島まで走ろうと思う。170キロぐらいはあるだろう。少々キツイかもしれないが、頑張ってみる。朝のうち、きのうの帰省ラッシュの余波がまだ残っていて、少し道が混んでいたが、だんだんスムーズに流れるようになってきた。そろそろ車が分散されてきたのかもしれない。

アップダウンが続いた。気合いを入れて、力まかせにグイグイ登るが、どうも最近左足があまり調子良くない。ついに身体にもガタが出てき始めたか。腹もよく減る。エネルギーの消費が激しいことの証であろう。まるで、ベアリングの外れた車がガソリンだけはガボガボと食っているみたいだ。

時間が許せば、あるいは車で来ていれば、那須高原や猪苗代湖、会津磐梯山など、是非とも訪れたい観光地は近くにたくさんあるのだけれど、残念ながら、自分は観光に来ているのではない。いちいち寄り道していたら目的は達成できない。これらの観光地をすべて横目でにらみながら、ひたすら自分の道を走る。

綿密な計画など、立てないほうがマシ。…なんて今ごろ気がついても遅いが…。

福島地図

小雨の降る中、午後5時半ごろ福島に着いた。やはり「全館満室です」タイプのホテルしかなくてもう少し先まで、走ってみることにした。腹がへってたまらないので、まず腹ごしらえをする。
満足したところで再びホテル探し。ああ、もうこんな毎日いやになる。朝起きると、その日の宿の心配。夕方になると、旅館、ホテルを求めて街中をさまよい、1時間も2時間も無駄に過ごす(のちに豆壱郎は、良い方法を思いつく)。なんでこんな思いをしなければならないのか。すべては九州第一日目の計画大変更からだ。もし、計画通りに毎日を消化することができたら、こんな苦労はせずに済んだかもしれない。しかし、今から考えてみると、あの計画にはかなりの無理があった。何ヶ月もかかって綿密に立てたつもりの計画だが、自分の気力体力を、意外に厳しい気象条件を、そして日本の広さを甘く見過ぎていたということを認めざるを得ない。その結果がこのざまだ。その日暮らしの無計画走行である。まるで風来坊だ。もちろん、そういうスタイルの旅をしている人もいるだろう。それはそれでいい。しかし僕の場合は、予定が狂ってこうなってしまっているのだ。計算外である。それは計画を立てるために費やした時間を無駄にしたということなのだ。こんな生活、早く終わらせてしまいたい。早く宗谷岬まで走りきって、この堕落した生活にピリオドを打ちたい。
たしかに出発当時は、期待と不安が交錯し、太陽とミニベロにいじめられはしたものの、それでもいつか宗谷岬に立つ自分を夢見たものだ。今は違う。あの頃の気持ちはまったく変わってしまった。はっきり言って、走ることを、旅を続けることを嫌がっている。でもやめるわけにもいかずただ前に向かって進んでいるだけだ。

飯坂温泉
(当時の写真ではありません)

飯坂温泉の看板が目に入った。温泉街なら旅館はたくさんあるだろう。もうほとんど真っ暗になった空の下、国道から右に折れて、3キロほど下ると、にぎやかな温泉街の明かりが見えてきた。
摺上川のほとりに、たくさんの温泉宿が連なっている。坂道の両端には色とりどりの看板が並び、きらびやかなネオンが鮮やかな光を放っていた。泊まり客もけっこう多いようで、人通りは激しかった。通りを行ったり来たりしているうちに、あまりこの街に泊まりたくなくなってきた。今の僕にとっては、こういう華やかな場所は似つかわしくない。もっとひっそりしたところに、ひとり寂しく泊まりたい心境である。(おや?いつもは寂しがり屋のクセに、何を言う?)

ウロウロしていると、うっかり下水道の網のふたの角にタイヤを思いっきり落とし込んでしまった。網のふたが少しひん曲がっていて、溝になっていたのである。

パッシュ~~~~~~~~~ン

という激しい音とともに、前輪の空気がまたたく間になくなってしまった。ガードレールに自転車を立て掛け、街灯の下でパンク修理をする。浴衣姿にゲタという格好のオジサン、オバサンたちが、ぞろぞろと僕の前を歩いていく。なにか珍しいものでも見るような目で、ジロジロと眺める。恥ずかしい。
『見せモンじゃねえ!』と、怒鳴りたくなるのをジッとこらえ、黙々と修理をする。
浴衣姿のオジサンがひとり話かけてきた。
オジサン:「パンクかい?大変だのう。ニイチャン今夜はどこに泊まるんけえ?」
豆壱郎:「福島市まで戻ってホテルでも探そうかと…」
オジサン:「え?ここで泊まらんのけえ?せっかく飯坂温泉まで来てんのに、温泉泊まってけばええじゃろが。もったいないのう…」
と言って、またどこかへ歩いて行った。

パンクも直って、そそくさとこの街を出た。国道まで戻って、それから5キロぐらい福島方面に戻ったところで、民宿の看板を見つけた。民宿といっしょに隣で大衆食堂も営んでいるようだ。道路に面している部分に大衆食堂、その奥にくっついて民宿があった。家族的な雰囲気のする温かそうな民宿だ。ここに泊めてもらうことにした。

風呂からあがって横になる。もう気力も体力も使いきった。僕はいったい何のために日本を縦断しているのだろう。今やその目的さえもボケてしまっている。北海道はまだまだ遠い。あと何日こんな生活を続けていかなければいけないのか。

本日の走行距離: 170km
累計の走行距離: 1,825km
累計走行距離インジケータ

沖縄
(スタート)

東京
(中間点)

宗谷岬
(ゴール)
現在地
本日の出費 合計1,740円
牛乳 140円
缶コーヒー 100円
めし 400円
めし 500円
めし 500円
テレビ 100円

※金額は1981年当時の実際の金額です。

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