札幌ラーメンって…
山男:「札幌駅で降ろしてくれるものと思っていたのに、こんな変なところで降ろされると困るよね」
バスターミナルは駅から少し離れていた。しかも僕たちは旅行者ゆえ、土地勘がない。
豆壱郎:「だよね。とりあえず札幌駅探そうか」
というわけで、右も左もわからないくせに、札幌駅を目指して歩き出した。
山男:「おたくは?北海道旅行?」
豆壱郎:「自転車で日本縦断して、おととい完走したばかり」
山男:「へえ、そりゃすごい。学生?」
豆壱郎:「いや、会社員なんだけど、ひと月休暇もらって…」
山男:「よく休暇くれたね」
豆壱郎:「そうだよね。社長に言うとき、なかなか言い出せなくてね。でも、もしダメだと言われたら、会社辞めてでも行きたかった。僕にとってこの旅はそれほど意味のあることだったんだ。社長のOKが出たときは涙が出るほど嬉しかったよ(ウソ)。それから、ほかの社員にも、『ひと月も遊び歩くなんてもってのほかだ』と叱られるかと思ったら、意外にも、『元気で行ってこいよ』と激励された。僕のワガママを許してくれた周りの人たちにホントに感謝しなければいけないなあ」
山男:「ほんとだよ。君は恵まれてるよ。いや、実はオレも大学4年だから、もう遊んでいる場合じゃないんだけどね。就職活動しなけりゃならないのにね」
しゃべりながら歩いているうちに、札幌駅に着いた。時刻は午後2時だった。
駅前の広場に、たくさんのライダーたちがいたので、もしや石川さんたちがいまいかと探してみたが、さすがにそう何度も偶然が重なるものでもない。きのうの話では、きょうは札幌と言っていたので、ウロウロしているうちにもう一度出会う可能性もある。(しかし、残念ながら二度と会うことはなかった)
山男は、きょうの夕方、ここ札幌駅から列車に乗り、函館方面に向かうそうで、函館行きの列車の発車時刻を確認していた。
地下に行くと、食堂がズラリと並んでいる。そういえば、朝食べたきり。時刻は午後2時半を回っていた。腹がへってたまらない。
豆壱郎:「何食べる?」
山男:「オレ、せっかく札幌に来たんだから、札幌ラーメンというのを食べてみたいなあ」
豆壱郎:「じゃあラーメン屋に入ろうか」
札幌ラーメンと書いてある看板がすぐ目に入った。入り口に食券売り場がある。レジの上のほうにメニューが並んでいて、どれにしようかと迷っていると、山男が食券売り場の女の子に、
山男:「あの~、札幌ラーメンって、おいしいんですか?」
と、大ボケな質問をしたので、思わず、
豆壱郎:「まずいや言うわけないでしょー!」
と、モロに徳島弁でしかも大声で叫んでしまった。この瞬間、このお店のお客全員、ドッと大爆笑。恥ずかしーー!
真っ赤な顔をしてラーメンを食べた後、再び地上に出た。
豆壱郎:「この荷物持ったまま歩き回るのたいへんだから、きょう予約してあるユースホステルに行って、荷物だけ置いてこようと思うんだけど」
山男:「どこ?そのユースホステルって」
豆壱郎:「札幌ハウスユースホステル。たぶん、すぐ近くだと思う」
山男:「じゃあ行こう」
彼は、自分の荷物のアタックザックを、駅の構内に置いたまま行こうとしていたので、
豆壱郎:「あれ?荷物どうすんの?盗られちゃうよ」
と言ったら、
山男:「こんなもの盗むやつなどいないよ。それに重いもの」
ちょっと持たせてもらうと、岩のように重い。
豆壱郎:「なるほど。確かに」
男二人で札幌市内観光。
駅から徒歩7分、札幌ハウスユースホステルに到着。受付を済ませ、荷物を置いてから再び外に出た。
少し札幌の町を歩こうということになって、男同士おしゃべりしながら当てもなく歩いていると、目の前に大きな茶色のレンガの建物が見えてきた。
豆壱郎:「何だろ?あれ」
山男:「さあ。かなり古そうな建物だね」
近くまで来てはじめて北海道庁の旧館であることがわかった。となりに新館があるが、この旧館のほうは、中を見学させてくれるようだ。入り口の受付でサインをして中に入る。内装は、明治の匂いをたっぷりと感じさせる。広い廊下には、巨大な絵画がいくつも並べられていて、まるで美術館にでも来ているかのような錯覚を覚えた。
5センチぐらい開いているドアがあったので、中に入ろうと覗き込むと、大勢の人が会議をしている。慌てて立ち去った。
豆壱郎:「ああビックリした。中で会議してるぞ。まさかここ使ってるとは思わなかった。一瞬、凍りついたよ。…あ、そうか。だから少しだけ開けてあったのか」
せめて『会議中』とかなんとか書いておいて欲しいものだ。
(当時の写真ではありません)
道庁を出たあと、さあ次はどこへ行こうかということになり、山男が、
山男:「札幌といえば、時計台!」
豆壱郎:「どこにあるのか知ってるの?」
山男:「知ってるわけがない!適当に歩いてれば、そのうち見つかるんじゃない?」
そんなのんきなー…。と思いつつ、適当に歩いていたら、そのうち見つかった。
かの有名な時計台は、写真やテレビで見る時計台と寸分たがわないが(あたりまえ)、バックに大きなビルがあって、そのおかげで思ったよりずいぶん小さく見えた。
目的(?)の時計台も見たことだし、ちょっとお茶でも飲もうと、喫茶店に入った。
豆壱郎:「君はどこから来たの?」
山男:「仙台」
豆壱郎:「仙台ー?ああ残念!僕は秋田から岩手、青森へ抜けたから、宮城は通ってないんだ」
山男:「ええ?そりゃほんとに残念だ。いいところなのになあ」
豆壱郎:「ところで、ここんとこ北海道あまり天気がよくなかったじゃない。おととい一緒にユースに泊まった人も言ってたけど、この夏の北海道は天候が不順な日が多かったんだって。で、北海道は夏がなかったから、家に帰ったらもう一度夏をやり直すんだって言ってたよ」
山男:「やり直せる人はいいよ。オレなんか仙台だろ?家に帰ったときにはもう夏なんか終わってるよ」
豆壱郎:「あそうか。かわいそうに。僕は南国徳島。帰ってもまだまだ夏は続くよ。でも、このひと月の間、北海道を除いてはずいぶん暑さに苦しめられたから、もう夏はコリゴリだ」
この仙台男、大学最後の夏休みを利用して、北海道にやって来た。そして、利尻島、礼文島に約1ヶ月滞在。台風直撃の前に慌てて島を離れたという。僕もきょうまでのいきさつ、宗谷岬でのバイク3人組との出会い、昨夜の女性の話などをして大爆笑。また、彼は僕と同い年で、家業や家族構成などもよく似ていて、このあと、仕事の話や将来の話、果ては人生論に至るまで、コーヒー1杯でずいぶん盛り上がってしまった。
店を出る。しばらく歩くとバスターミナルがあった。
豆壱郎:「千歳まで600円か…。直行バスだから国鉄で行くよりゃ面倒くさくなくていいかな」
山男:「そうだよ。これにしなよ」
直行バスなら空港まで行ってくれるのでありがたい。明日の朝の発車時刻を確認しておいた。
再び札幌駅に帰ってきた。時刻は午後6時前。置いたままにしてあった山男のアタックザックは、元の場所に盗られずにちゃんとあった。彼はここから函館まで行って青函連絡船に乗り、青森経由で仙台に帰るのである。彼の乗る函館行き20時01分発の列車はまだ2時間も先なのに、もうズラリと並んでいる。彼もその列の中に並んだ。
豆壱郎:「それじゃあ、お元気で」
山男:「さようなら」
この旅に出かけて、今まで数えきれないくらい大勢の人に出会い、そして別れてきたが、この仙台の山男といっしょに行動した時間が最も長かった。(出来れば女性のほうが良かったが…)
ユースホステルに戻るともう食事が始まっていた。慌てて僕も食堂に飛び込む。きょうの宿泊者もかなり多そうだ。北海道で泊まったユースはここで3軒目だが、いずれも満タンである。
いよいよ最後の夜。
食事のあと、風呂に入った。旅先での風呂も今夜が最後だ。あとから入ってきた人が、
男:「いっけね。石鹸忘れた。…ま、いいか」
と、独り言(しかしわざと聞こえるように大きめの声で…笑)をつぶやいたので、
豆壱郎:「あ、どうぞ。僕の石鹸あげます。もうきょうが最後なんで…。あしたは千歳から飛行機で故郷に帰りますから」
男:「あ、そうですか。どうもありがとう」
風呂から出て部屋に戻った。ふつう、ユースといえば8人部屋が一般的だが、北海道に来てから大型部屋ばかりだ。ここのユースもひと部屋が学校の教室並の広さを持っていて、パーティションで4つぐらいに仕切られていた。
隣のベッドの人と仲よくなり、少し話をした。
豆壱郎:「ああー、あしたはもう飛行機で大阪まで飛んで故郷徳島へ帰るだけだー」
隣の人:「千歳?飛行機とれました?」
豆壱郎:「ええ。もう1週間も前に予約してましたから」
隣の人:「ああ、そうなの。…いいなあ、僕も飛行機で帰りたかったけど、とれなかったんで、しかたなく函館まで行って青函連絡船に乗らなくちゃなんない」
豆壱郎:「飛行機よく乗るんですか?僕、飛行機って今まで一度も乗ったことないんだけど、どうすればいいの?」
隣の人:「空港によって手続きのしかたが違うんだけど、千歳の場合はまず、入り口を突き当たったところに荷物を預けるところがあるんです。そこで荷物を預けて…」
と、親切に説明してくれた。
数多くの思い出を残してくれた北海道も、今夜が最後の夜。そして、長い旅も終止符を打つかと思うと、感慨深いものがある。数々の思い出に浸りながらも、深い眠りに落ちていった。