日本海ともお別れ。ここからは日本の屋根を越えて太平洋側へ。
1981年8月10日(月)
-くもり-
げっ!昨夜洗濯した下着が乾いていない。ズボンやYシャツなどは、化学繊維の乾きやすい素材を選んでいるので、ちゃんと乾いている。しかし、下着類は綿100%なので乾きがよくない。触ってみるとまだジトッとしている。困った。徳島で荷物を整理したとき、減らす対象となるものは、いちばんかさばる衣類だった。今、着ているもののほかに2着ずつしか用意していない。だから、洗濯できるときにはまとめて全部する。寝るとき、ホテル専用の浴衣の下には、もちろん何も着用しない(ただ、浴衣の下に何も着ないで寝ると、朝起きたときにすんごい格好になってますよねえ)。したがって、洗濯物が乾かないということは、たちまち今日着るものがないということなのである。やむを得ない。いちばんマシなものを選んで着た。うっ!キ、キモチワル~イ!こんなナマ乾きのヤツを着て、きょう一日走らなければならないのか。まあいいや。どうせしばらく走ると汗をかいてベトベトになるんだし(いや、そういう問題じゃない気もするが)。ほかのはとりあえずビニール袋の中に入れた。
午前8時30分、ホテルを出た。きのうパンクしたときに、最後のパッチラバー(タイヤのチューブの穴の開いた箇所に貼る、裏にノリのついた直径2センチ程度の円形のゴム)を使い切ってしまったので、ホテルの近くにあった小さな自転車屋さんで買った。それにしても、これほどパンクするとは思わなかった。700C×25Cというタイヤは、やはり細すぎて長距離向きでないということか、それとも僕の走り方が悪いのか。
日本海ともここでお別れである。これから日本の屋根を横断して、太平洋側へ出る。だがこのコースははっきり言って効率が悪い。このまま日本海側を北に向かったほうが距離も短いし、短期間で宗谷岬までたどり着けるはずだ。
なぜそんな無駄なコースをとるのか。当初の計画では、47都道府県をすべて通過するつもりだったので、こんなヘンテコリンなコースになってしまった。もちろん、今となってはその野望も消え去ったので、このまま日本海沿いを北上してもなんら差し支えないのだが、折り返し点のつもりで東京を通過したかったし、せっかく綿密な計画を練った手前、プライドもあるので、可能なかぎり当初の計画に従った。
腹がへりすぎると、看板もまともに見えなくなる。
国道148号線を南下する。どんどん山間部に入っていく。どうもペダルに力が入らないと思ったら、そういえば朝食がまだだった。あまり人家も建っていないところに、ポツンと大衆食堂があったので入った。テーブルのイスに腰掛けて、さて何にしようかとメニューを見ていると、
「すみません。まだ、準備中なんですが」
と、店員に言われた。
「 あっ、す、すいません!」
僕は、顔を真っ赤にして慌てて飛び出した。振り返ると、入り口にはたしかに「準備中」の札が掛かっている。ちゃんと見てから入れよ!
しばらく走って、もう一軒食堂を見つけた。今度は同じ失敗を繰り返すまいと、入り口を恐る恐る覗いてみた。のれんはちゃんと出ているようだ。しかし、中でおばさんが掃除をしている。
豆壱郎:「あのう…。もう、開いているんですか?」
店のおばさん:「ええ、開いてますけど、掃除したてでほこりっぽくてごめんなさいね」
豆壱郎:「いえ、いいんです」
メシが食えさえすればそれで良い。
さて、腹ごしらえも済んだことだし、いっちょう頑張ってみるか!と、気合いを入れて走り出したのはいいが、やはり暑くてたまらない。道はアップダウンを繰り返しながら、徐々に登っていく。国道とは名ばかり。幅は狭いし、悪路だ。いたるところ穴だらけでボコボコ。そして、工事中(もちろん、その当時の話です)。ずいぶん悪戦苦闘した。
白馬駅前。さすがは白馬岳登山基地だけあって、ベージュのキスリング、チェック模様のウールシャツ、ニッカボッカといういでたちの山男山女たちがウジャウジャ。暑いのに皆さんご苦労様。あ、人のことは言えないか。
暑いので、アイスクリームを買って道端に座り込み、北アルプスの雄大な景色を眺めながら食べる。きょうは自動販売機を見るたびジュースを買いまくって、お腹がおかしい。身体が資本なので、体調だけは気をつけたいところだが、とにかく暑くてついつい冷たいものばかり求めてしまう。
(写真はイメージです)
あずみ野ユースホステルには、出発前に8月12日宿泊で予約してあったのだが、すでに予定が変わってしまっているため、2日も早くなっている。そこで、電話をかけて明後日の分は一旦キャンセルした。そして、改めて2日早いきょうにならないかを聞いてみたが、きょうはすでに予約でいっぱいだと断られた。近くにもうひとつある、木崎湖ユースホステルにも電話をしてみたが、ここもだめ。どうやらまたきょうもホテル探しを余儀なくされそうだ。
大町市。やっと登り坂は終わった。サドルキャリヤーのあたりからキコキコと異音がするので、止まって見てみると、溶接部分が一部割れていた。これがこすれて音が鳴っていたのだ。おそらく、糸魚川からの悪路走行で、かなり長時間振動を与え続けた結果、バッグの重さにも耐えきれず、こんなことになってしまったのだろう。しかし、完璧に壊れたわけではないので、しばらくこのままダマシダマシ走ることにする。
松本市でビジネスホテルを探したが、ここも「全館満室です」と言われそうなホテルばかりなので、もう少し走ってみることにした。塩尻市でビジネスホテルを発見。宿泊可能かどうかをフロントに聞いてみると、
フロント:「アウトバスしか空いてないのですが」
豆壱郎:「アウトバス?」(バスの外で寝ろってか??)
フロント:「つまり、お部屋にお風呂がついてないんです」
豆壱郎:「ああ、そうなんですか。でも浴場は別にあるんでしょう?」
フロント:「はい。ちゃんとございますし、サウナも完備いたしております」
豆壱郎:「じゃ、それでいいです」
669号室のキーをもらって部屋に入った。あんまり新しいホテルではなさそうだがそんな贅沢は言っていられない。
きのう乾かなかった洗濯物を干そうと、ビニール袋から取り出すと、
「わっ!くっせ~~~~~!!」
ひどい悪臭だ。そりゃそうだろう。なにしろ、少し湿っている物体をビニールの中に閉じ込め、異常な高温の中、10時間以上が経過しているのだから。
触るのも嫌だった。
夜、近くの喫茶店まで歩いて行った。昼間、暑さのためにジュースばかり飲んだのがいけなかったか、腹具合があまりよろしくない。簡単に、サンドイッチとコーヒーで夕食とする。